— 伝書鳩 - Wikipedia (via plasticdreams)
(via konishiroku)
Bebionic Prosthetic Hand Ties Shoelace And Deals Cards
THIS IS INSANELY AMAZING.
(via yutaiguchi)
— Twitter / gentledog (via neeeeeew)
(via deli-hell-me)
ダムを必要としない新しい文明の人類が中筋川ダムを見つけたら、おそらく偉大な支配者の墓だと思い込むだろう。 (via @nifty:デイリーポータルZ:四国ご当地ダム詣で)
(via komahiko)
— Twitter / nekouti (via 46187)
(via suzukichiyo)
—
Twitter / kuninakamasaki (via shingi)
久々になんかむかっとくるね。死ね。
音楽パッケージ市場というのは、ちょうど、本屋というアテンション導線という流通経路にムック本として服やバックが入り込むように、外見やアイドルの流通・マネタイズが展開される出稼ぎ的な市場でもある。アイドルのCDが売れるときに売れているのは音楽ではない。ユーザーも音楽を買っているというよりは、アイドルへの課金ができる媒体としてその偶像をかってる。そのときにそこは音楽市場とはいわない。アイドル的なものを覗いて勘定すると、巷で言われているよりもさらに音楽の市場は激減してるが、AKBが売れているというのは音楽とは全く関係がない話だ。経済的価値として論じても、ひとりのぼくとして評しても、あれは音楽じゃない。
AKBがきちんとマネジメントされたマーケティング費用と、先進的なる、関心や到達のデザインをしていたり、試験的にその領域を広げている創造性は、認めましょう。AKBには48人ものランディングページ的存在がいるんだね。そうかそれは良いアイデアだ。他にもアイデアが詰まっているのは認める。しかしながら音楽市場に出張に来たアイドルというものの換金の成り立ちを通じて、音楽の作り方や芸術にマーケティングの重要性などという馬鹿げたものを語るのは、金の傲慢だ。ここは君たちが来ていいところじゃない。失せろ。
もちろんアイドル的なるもの一般が、音楽の流通や産業に与えたスケールメリットは音楽表現の幅を圧倒的に高めたし、場合によっては池田亮司すら70年代頃からのビジュアルと音楽の結合としての音楽産業によるテクノロジーの洗練と現代音楽の結合による発明なのかもしれないんだけど。まあいいよ。死ねばいいと思うんだよ。僕らにはもういらないよアイドルは。音楽とは言わないでほしいんだよアレを。いいよ音楽をつかってアイドルを成立させるのは全く構わないし、アイドルというものも芸術的で面白いものだよ。でも音楽だと名乗るな。虚偽の罪だよ。
(via toukubo)(via toukubo)






